自らの命を守るには、自分の頭で考えて有事の際には行動を起こすことが重要です。これは防災にかぎらずあらゆる場面で必要なことですが、それを普段から意識できている人は、私自身も含め少ないかもしれません。林理事長のお話を伺うと、日常の中でほんの少し気をつけることができれば、その積み重ねが確実に将来に役立ちそうだと思いました。今回は「未来」を見据えたお話を伺いたいと思います。
林 春男(はやし はるお)理事長
1951年生まれ。米カリフォルニア大ロサンゼルス校で博士号(心理学)取得。京都大巨大災害研究センター長を経て2015年から現職。著書に「いのちを守る地震防災学」など。
―― 林理事長にもうひとつ、これから日本を支えていく子どもたちに伝えたい・残したいことはどのようなことでしょうか?
私は、阪神・淡路大震災の経験を次世代と世界に伝えることを目的とした会議「メモリアルカンファレンスin神戸」に震災直後の10年間携わってきました。開催3年目だったでしょうか、子どもたちが阪神・淡路大震災をどう体験したのか語ってもらおうと、作文を集めることにしました。何作品か選んで発表したのですが、とても素晴らしい内容で驚いたことを覚えています。このことから防災に関しても子どもに訴えていくことの重要性を感じ、子どもに伝えたいメッセージをみんなで真剣に考えようと絵本を創って配布しました。
今は、自由はあまりないかもしれないけれど、豊かにはなっているのではないかと思います。こうした豊かさは、ずっとあってもよいのではないでしょうか。個人的に思うのは、祖父母・両親、そして自分の三世代が「同じものを経験する体験」を残しても良い気がします。
日本は短期間で急成長してきたので、祖父母の時代の暮らしと、両親の時代の暮らしと、今の時代の暮らしを比べてみると、テクノロジーの面で言えば、ものすごく違っていますよね。そんな中でも何かしら時代を超えてみんなが共通の体験を持っていることがとても大事なのではないでしょうか。日々激変していく中で、その時々の価値観に縛られることなく体験を共有したり、価値を認め合ったりすることができたらよいのではと思いますね。
どこかの街の片隅に一台のピアノが置いてあって、くたびれた感じのおじいさんがふらっとそのピアノの前に座って素晴らしい演奏をし、周りの人をびっくりさせる…そんなテレビ番組がありますが、これは豊かだなあ、と感じます。変化の大きなテクノロジーだけではなく、世代を超えて共有できること、時代を経ても変わらない何かを、多くの人が体感しあえると良いのではないでしょうか。
―― そうなるには、私たちはどうすればよいのでしょうか?
特に何かできること、というのはないでしょうね。自分で切り開くしかないと思います。冒頭にお伝えしましたが、人間は自分で選んだものには文句を言わない。これは人間の基本性質のひとつですから、自分で選んで、その選択から始まる全てにおいて自分で始末させることが大事だと思います。きちんとそれを意識すると、自分の選択ひとつに対しても、その後どのように展開していくかにしても、緊張感・没入感が大きいと思うのです。非常にスリリングな体験だと思います。これを結果がオーライになるように誰かに操作してもらったりすると、緊張感もなければ大した魅力もないでしょう。自分で自分の運命の鍵を握っているというところがとても大事なのでは、と思います。
災害にしても、先がどうなるかについては、発生した瞬間にはあまり見えません。慣れていない人はそのせいでも落ち込んだり・萎縮してしまうのかもしれませんが、自然災害に限らず、人生なんてそんなに思い通りになんていかない、ということもお忘れなく。
人生には3大苦境があるといわれています。まずひとつは幼少期の家庭環境。親の問題とか肉親の関係です。そこに多くのトラウマや苦しさがある。二つ目は日常の人間関係や仕事、これで鬱になる人もたくさんいます。三つ目は人生の転機になるようなビッグイベントです。その中の一つが災害です。受験・結婚・離婚・出産、或いはそれらがうまくできなかったなど、それぞれすごく大きな人生のイベントです。これらを乗り越えていくのは大きな成長につながりますが、これらはそうしょっちゅうあるものではないので失敗するかもしれません。それでも大きなイベントは自分に与える影響が大きいから、できるだけ失敗せずになんとか上手に乗り切るように努力する、ということが生きる力、だと思います。
せっかくの科学や技術の進歩も、それを使う私たちが進歩しなければ宝の持ち腐れです。情報に関しても同じこと。誰かに言われたことをただやるだけでは身につかないですし、人が逃げろと言ってくれるまで待っていたら間に合わないかもしれません。自分の頭で考える、自分の生き方や毎日に責任を持って、生きる力を身につける…防災の基本とは、ここにあるのかもしれません。
林理事長、ありがとうございました。
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取材協力:国立研究開発法人 防災科学技術研究所
(防災士・アール)