特集【東日本大震災】防災科研・林理事長に聞く!01 「いま、防災に一番必要なことは?」

「あの日」から10年。この10年間にも地震だけでなく、台風や大雨による災害に見舞われ、多くの犠牲者と甚大な被害がありました。2020年には「新型コロナウイルス」という新しい脅威にも晒されました。技術はめざましい進化を遂げており、さまざまなツールが提供されて身近に使えるものがたくさんあり、情報もあふれています。けれど、残念なことに災害の犠牲者はゼロになっていません。
今後30年以内に発生確率70%以上とされている南海トラフ地震や首都直下地震などの自然災害の脅威にさらされている私たちは、いま何をすべきなのでしょうか。私たち各個人ができることはなんだろう?をテーマに、国立研究開発法人 防災科学技術研究所 林春男理事長にお話を伺いました。

林 春男(はやし はるお)理事長
1951年生まれ。米カリフォルニア大ロサンゼルス校で博士号(心理学)取得。京都大巨大災害研究センター長を経て2015年から現職。著書に「いのちを守る地震防災学」など。

―― 災害を乗り切るために一番必要なことはなんでしょう?

災害を乗り越えるというよりは、一人ひとりが「生きる力」を伸ばすことが重要ではないかと思います。

―― 生きる力、とはどのような力でしょうか?

文部科学省・中央教育審議会が2008年に出した答申「21世紀を展望した我が国の在り方について」の中で「-子供に[生きる力]と[ゆとり]を-」という基本方針が書いてあります。学校教育の中で伸ばしていくべきものについて「生きる力」を掲げてあり、この考え方(答申の内容)を読むと、とても良いことが書いてあります。
人間的にも優れているし、どんな状況でもたじろがずに乗り越えられて、他の人ともうまく付き合える…そういうものを伸ばすというのが教育である、という考え方です。
「生きる力」を伸ばすことをコアに、「苦難を乗り越えられる力」があり、それを「生きる力」の具体的なもののひとつ、と考えたら良いかもしれませんね。

人が生きていく上で苦難はいろいろあります。災害は、人生の中でいろんな人が遭遇する苦難のひとつにしか過ぎませんので、災害を乗り切る力を磨いているだけでは意味がありません。人生は、ある意味危機の連続であると認識すれば、自分に降りかかってくる苦境や苦難を乗り切る力を持つこと、つまり「生きる力」を身につけていくことが、一番、その質問の正解に近いのではないかと思います。

―― ということは、自分の頭で考えることが必要になりますね?

はい、それは当然です。なぜなら予測不可能なさまざまな苦境に立ち向かいながら、自分で人生を切り開いていくわけですから。ある意味、どんどん苦境がやってくるわけでしょう。苦境を乗り越えるために必要なのは、問題を知ること、備えをすること、いざというときにちゃんと行動できること。この三つなのではないかと思います。

―― お話をお聞きしていると、すごく自然というか、当たり前のことのように感じますが、それがなかなかできない現状があります。何が足りていないのでしょう?

自助の気持ち…自己責任と言っても良いけれど、人は生きて生活していく中で自分が選んで色々なことをしていますので、その結果は自分自身で受け止めなければいけないという「覚悟」ではないかな、と思います。どうもその「覚悟」が足りていないように感じることが多々ありますね。

何か困難が生じた時や面倒なことが降りかかってきた時に「誰かがやってくれるだろう」とか「自分はそんなことはしたくない」など、他力本願というべき甘えた気持ちが前面にあるのが良くないのでは、と思います。災害や有事の際にテレビのインタビューなどで「こんな目に遭うとは夢にも思わなかった」と、答えている人もいますが、夢にも思わないというのは「自然」はそんなことをしないはずだと間違った考え方、あるいはそんなことをしてはいけないという思い上がった考え方なんじゃないかという気がしますね。
人間は自分で選んだものに対しては文句を言わないものです。誰かにプッシュされて「選ばされた」という意識があるから文句を言ったりするのでしょうね。

―― 誰かが来てくれるまで待ったり誰かのせいにしたり、これは私も含め誰にもありがちなことのように思います。そうすると、根本的な部分…人としての生き方を考え直す必要もありそうですね?

そこは多分にあると思います。わが国は一生懸命、公共福祉を考え、ずいぶん手厚い保護もある国かもしれないけれど、突発的で大規模な災害が発生したら、必ずしも国の仕組みが耐えられるかとは限りません。規模の小さな災害ならみんな助けてくれるでしょうけれど。逆にものすごく小さな災害の場合は誰も助けてくれません。災害のあった地域の狭い範囲、もしくは身内などのごく限られた人しか手を差し伸べてくれる人がいない可能性の方が高いです。
そう考えると、「そこそこ」の規模の災害だったら充分な支援があるかもしれないけれど、大き過ぎたり小さ過ぎたりすると公の支援もほとんどありませんし、周りの人もあまり助けてくれない(もしくは難しい)のが事実です。

―― 格差があるということですね。そうすると、もっと自分で自分を守ることを考えていかないとならないですね?

そうですが、自分で自分を守れない人もいるので、その人たちを助けるという気持ちを持つことも大事でしょう。例えばスマートフォンでなんでもできるようになり、便利になりましたが、誰もが同じレベルで使いこなせるわけではありません。もし、周りにできない人がいたら、できる人が助けてあげたらいいだけの話じゃないですか。けれど現実はツールを使えなくて困っている人もたくさんいますし、そういう意味では冷たい世の中かもしれません。多くの人がある程度良い感じになれれば、制度としてはよい制度にはなっていますが、本当に極端な危機状況に陥ったり、パーソナルな危機状況では、助けは少ないと覚悟して、自分でも強くなっていないと困ることになるのでは、と感じます。


林理事長、ありがとうございました。確かに今後起こりうる大災害を見据えて、自分自身を心身ともに強くしておかなくては、と感じます。次回は強くなるために知っておくべきことについてお聞きした内容をお伝えしたいと思います。

取材協力:国立研究開発法人 防災科学技術研究所

(防災士・アール)

 

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