【特集】防災科研・林理事長に聞く!02 「災害に強い人になるには?」

2月13日の深夜、震度6強の地震が東北地方を襲いました。東日本大震災から10年目にまた大きな地震が発生するとは。あの日を思い出さずにはいられない地震でもありました。震災はいつどんな形でやってくるかわかりません。いわゆる「もの」だけでは心許ないと言わざるを得ません。これからやってくるかもしれない様々な災害に対し、私たちが身につけておくべき「備え」について防災科学技術研究所・林理事長にお話を伺います。

林 春男(はやし はるお)理事長
1951年生まれ。米カリフォルニア大ロサンゼルス校で博士号(心理学)取得。京都大巨大災害研究センター長を経て2015年から現職。著書に「いのちを守る地震防災学」など。

―― 自助は、防災の基本とのことですが、そういったことを学ぶ機会はあまり多くない気がいたします。どのような学びが必要でしょうか。

自分の置かれている状況をしっかり見て知ることが重要です。
多くの方々は、普段から健康や財産管理については大事だと思って、情報収集したり、勉強したり、備えを実践したりするでしょう。いざとなったら積極的に行動しますよね。こうした危機管理の実践の範囲をどこまで広げられるかの問題じゃないか、と。
そういう意味では、ご自身が日頃から直面している問題については処理の仕方を考えていらっしゃると思いますが、そこに「災害」も追加していただけるようになれば一番良いと思うんですね。災害を特別扱いにするのではなく、日常生活で普段やっていることのひとつになれば、と思います。

有事の際に活動している人、活躍している人に関しても同じことが言えるでしょう。本当に役に立っているボランティアの人たちは、みんな日頃からご自身の仕事を持っていて、新しい状況に遭遇した際「今、自分はここで何ができるだろう?」と考えて、その時必要なことをやり、必要な人材(ボランティア)を引っ張ってきている人たちのことです。決して有事専門の対策チームではないし、有事の際だけ登場する“専門ボランティアの人”ではありません。

―― 避難に関しても自分で判断しないと、と近年特に思いますが、報道発表などで使われている専門家の言葉が難しいなと感じます。とくに「避難」に関しては、誤った認識が多いなと感じます。

そうですね、日本語の避難には2つの意味があるからです。一つは「いのちを守るために」安全な場所に移動することです。確かに以前は「避難」=どこか別の場所に移動する(行く)という意味で使われていました。もう一つの意味は自宅を離れて「仮の生活」の場で暮らすことです。その典型が、地方自治体が提供する「指定避難所」です。この2つが混同されて、どんな場合でも避難所に行くことが避難だ、と認識されていました。今は「避難」=安全を確保することに修正しようとしています。その場に留まること、上の階に移動することのほうが安全な場合もあるわけです。「避難」という言葉には、いのちを守る行動をすること、避難所にいくことという本来は2つの意味があり、区別して使わなければならないことに、多くの人が気づいて、正しい安全確保行動をとっていただきたいと思います。
少し補足するとそうすれば安全を確保できるかを合理的に考える、という考え方のトレーニングが不足しているかもしれないですね。何か決まったことを「覚える」ことは上手かもしれないけれど、「自分で考える」トレーニングが少ないのかもしれない。決まりごとやマニュアルを守るだけの形式主義的な場面や、そうすることが正しいと教えられている時間が多いような気もします。

―― 科学や技術はめざましい発展を遂げていますが、それとは別に自分の経験を生かすことや自分の頭で考えること、防災に対する「哲学」のようなものが必要に思えてきますが?

哲学、つまりフィロソフィーのことですよね。フィロソフィーというのは「知恵を愛する」ということ。「これが正解!」という明確な答えがないことを論理性と合理性をもって考えることが、もしかしたらフィロソフィーかもしれない、と私は考えています。
学校をはじめとして、我々は「正解に早く到達する術」を学ぶ機会は多いですが、実際には正解なんてないことの方が多い。その時に遭遇したある出来事にどう対処するのか、臨機応変に考えて行動しなくてはならない場面において、自分がちゃんと判断・行動できるかどうかが問われます。災害もそういうものかもしれないですね。災害には正解がありません。災害に遭わないことが最上ですが、生きていく中では何が起こるかわからないので、災害に遭ってしまった時にどうするか?についても考えておいた方が良いと思います。

※写真はイメージです

―― なにかヒントをいただけませんでしょうか。

ずいぶん前の話になりますが、理化学研究所に機動的先端プログラムという枠組みがあって、阪神・淡路大震災の後1997年に地震防災フロンティア研究センターが作られ、ハード面だけではなくソフト面の防災研究にも力を入れることになりました。そのとき私は「災害過程研究」のチームリーダーとしてプログラムのスタートに関りました。

「災害過程」の研究がなぜ必要かという出発点をお話ししましょう。本来、防災は災害による被害が出さないようになることが理想ですが、それは無理だとわかりました。阪神・淡路大震災のような直下型の地震がきたらひどい被害が出てしまうので、予防対策だけで話は終わらない。それは、ここまでずっとお話ししてきているように、ひとりひとりが災害に由来する苦難を乗り越えていく過程の始まりです。それを勘と度胸と必死の頑張りだけではやりきれないから、サイエンスやテクノロジーを基盤として、もっと合理的に乗り切るために何をすべきか、をテーマにした研究チームを作ろうということになったのです。

災害が起きてから社会が立ち直っていく過程を「災害過程」と名付けて、その理解を深める必要があります。それからもうひとつ。阪神・淡路大震災で明らかになった「公助の限界」です。規模の小さな災害で被災者の人数が少ない場合と、大都市で大きな災害があり被災者の人数が莫大な場合では、被災者に対する補助金や支援金の額も全く違う現実があります。
「こんなはずじゃなかった、災害が起きるなんて夢にも思わなかった」…と言ってもどうにもならないですから、災害のことをしっかり理解してもらうことが必要です。経済産業省は社会人なら誰にでも必要とされる三つの能力を「社会人基礎力」と呼んでいますが、これと同じように防災にもひとりひとりが持っていなきゃいけない「防災基礎力」がある、これを高めようとしています。これはひとりひとりの自助を伸ばしたいということと、さまざまな理由から自分で自分を守れない人を助けたいということ、この二つの基本精神をプロモートするために必要な何か、ということです。


林理事長、ありがとうございました。私たちが日頃から考えたり気にしたりしていることの中に「災害」も含めて、備える。範囲を広げるとお聞きすると、ちょっと気をつけたらできそうな気がしてきました。林理事長のお話の続きは次回もお伝えします。

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取材協力:国立研究開発法人 防災科学技術研究所

(防災士・アール)

 

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