インフラサウンド、という言葉をご存知でしょうか?赤外線や紫外線と呼ばれる、人間には見えない周波数の光があるのと同じように、音にも人には認識できない音があります。小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還した際の観測にも、このインフラサウンドが使われました。「人には聞こえない音」が私たちにどんなことを教えてくれるのか…2021年防災特集では、防災の未来に向けた新しい技術をピックアップします。お話を伺うのは高知工科大学 山本真行(やまもと まさゆき)教授です。
山本真行教授(写真提供:高知工科大学)
大阪府堺市出身。東北大学 大学院理学研究科 地球物理学専攻博士後期課程卒、博士(理学)。2003年、高知工科大学に着任、2013年8月より現職(システム工学群・教授)。国立極地研究所 客員教授を併任。学生教育の傍ら、「宇宙花火」ロケット実験、民間ロケット実験(MOMOシリーズ)、「はやぶさ」「はやぶさ2」帰還観測など、JAXA、NASAや国内外の大学。民間企業等と共同し、地球物理学分野での基礎研究や機器開発、それらを用いた防災応用に取り組む他、高大連携理科教育への支援や小中高生・市民への科学的知見の普及活動にも携わる。小惑星MASAYUKIYAMAMOTO(58184)は、高知県の著名天文家・関勉先生による命名。
――インフラサウンドは人には聞こえない音、ということですがどのような音なのでしょうか
音は「空気の揺れ」であり、圧力によってこの振動が引き起こされます。この振動について、空気がどれくらいの頻度で揺れているかを表すのが「周波数」で、私たち人間の耳に「音」として聞こえているのは一定の範囲内の周波数成分だけです。この範囲を超えると、頻度が低(少な)すぎるあるいは高(多)すぎると聞こえませんが、その聞こえない周波数のうち低すぎて聞こえない音が「インフラサウンド」です。一方、高すぎて聞こえないのは「超音波」と呼ばれます。
例えば、楽器を想像していただくとわかりやすいかもしれません。バイオリン(小さい)とコントラバス(大きい)では、同じ弦楽器でも小さいバイオリンは高い高周波の音(高音)を出し、コントラバスは重低音を出します。弦楽器の場合は弦が引っ張ってある長さと音が関係しています。
バイオリンの演者が指で押さえている位置と弦の一番端の距離がその音になり、開放弦だったら一番端から端までの音になります。距離が短ければ高い音、長い(開放弦)と低い音ですが、バイオリンという楽器が出せる範囲を逸脱するような重低音は、コントラバスのような大きな楽器にしないと出ません。インフラサウンドは人間には聞き取れない範囲の音で、コントラバスよりもっと大きな、巨大な楽器をイメージしてみてください。
地球上で起きる事象で例えると、100mスケールの土砂が崩れるとすれば100mの長さの弦、津波だったらもっと巨大で、100kmの弦を鳴らしたような感じです。
この場合「大きな波」といっても波の大きさには、波の長さ=方向の大きさ(波長)と、波のエネルギーの大きさ(振幅)の2種類あり、インフラサウンドにおいてはどちらも見ないといけません。100mとか100kmのスケールで「巨大」と表現しているのは、スケールが巨大になると波の長さ(波長)が長くなり、ゆっくりだけれどものすごく大きなエネルギーの波が一つ“ドンブラコ”とやってくる。これが津波や台風のインフラサウンドのイメージです。
海底で大きな地震が発生するとプレートの動きによって岩盤が隆起し、その上にある海水をその隆起が(平均的に)持ち上げます。海底が1m隆起すると海水面もその場所だけ1m高くなるイメージです。周囲に対して高くなった海水が四方八方に流れて最終的に津波になります。持ち上がったのが1mだったとしても、それが陸に到達するとき、後の波が追いついて湾で大きくなった結果として数十メートルにも及ぶことがあります。
音というのは圧力の波なので、このとき、元の水面を0mとすると持ち上がって1mになった部分が大気を押し上げることになって音が発生します。津波は地球規模の巨大なスピーカーというわけです。
―― 聞こえないものを聞くのがインフラサウンドの研究になるのですね
人間の可聴範囲外の音について「超音波」と「インフラサウンド」のお話をしましたが、高すぎて聞こえない方の「超音波」は、ご存知の方も多いのではないでしょうか。「超音波」については渋滞センサーやロボットの制御に使われるなど、インフラサウンドよりは実用化されています。
インフラサウンドという言葉は耳にされたことが少ないかもしれませんが、日本でも100年くらい前から「地球物理学」の研究分野を開かれた先生方がインフラサウンドの研究をされていました。それが系譜として繋がって今に至っており、歴史は古いんです。でも、不思議なことに人間に聞こえないというだけで、音に変わりはないのに研究例も限られ、社会実装としてもあまり使われてこなかったのです。
―― それを「はやぶさ」の帰還観察に使われたということは、過去から受け継いで最先端の宇宙プロジェクトに繋がったサウンドだったのですね
「はやぶさ」の帰還(大気圏再突入)や隕石のように人工的な物体でも天体でも、音速を超えて飛んでくる物体は衝撃波を出し、それを地上に設置してあるセンサーで観測することができます。センサーの数が多ければ多いほど、その物体がどのような足跡を辿ったかがわかりますので、昼間や曇天のとき大きな隕石が落ちてきたとしても、それを特定することができるかもしれないということから始まりました。そしてインフラサウンドの研究を進めていくと、隕石(流れ星)だけにとどまらず、もっといろいろなことがわかることに気づいたのです。
鳴っている・出ているのに聞こえない音があり、それが私たちにいろいろなことを教えてくれる可能性があるなんて、すごく驚きました。次回はインフラサウンドの背景にある、山本先生の専門分野「地球物理学」についてもお聞きしたいと思います。
取材協力:高知工科大学
(防災士・防災コーディネーター:R)