【気になる技術】日本の国土の30〜40%は“携帯圏外”という問題をどう解決するか

「日本の面積の約70%が森林である」という事実を、日頃から意識できている人はとても少ないのではないでしょうか。いわゆる「生活圏」と呼ばれる市街地エリアで多くの時間を過ごし、ほぼいつでもどこでも家族や知人・友人と自由に連絡がとれる環境で暮らしている私たちにとって「携帯圏外」のエリアがそんなにたくさんあるなんて、想像することも難しいかもしれません。いま、通信においては「より多く」「より速く」が求められ、膨大なデータが飛び交う毎日です。
今回注目したのは、量やスピードとは少し違うベクトル「距離」を軸においた無線のお話です。防災の観点からもSOSを「知らせる」「受け取る」は最重要で、これがなければ助かる命が助からない可能性もあります。「日本の隅々まで、IoT通信圏外を“ゼロ”へ」というスローガンを掲げ、独自のシステムを構築されている株式会社フォレストシーの代表・時田さんにお話を伺いました。


株式会社フォレストシー 代表取締役 時田義明氏(写真提供:株式会社フォレストシー)

―― 「里山通信」の事業に取り組まれた経緯について教えてください

「里山通信」という事業についてはここ十数年、新規事業として何を立ち上げるか模索してきた中で、5年ほど前に無線規格の一種であるLPWA(ローパワーワイドエリア)を知る機会があり現在に至ります。
株式会社フォレストシーの親会社は、今年(2021年)創業56期目となる特殊な紙袋をメインとした包装資材会社共同紙工株式会社です。フォレストシーの事業を模索し始めていた2016年頃から既に「携帯圏外が多い里山・中山間地域をIoTによって安全安心便利な地域とし、地方創生・自然再生に貢献すること」を掲げておりました。
共同紙工株式会社では農薬用の包装資材も扱っているので、農業関係の方々との関わりも深く、「獣害対策に貢献して欲しい」とのご要望を受け、まずは増え過ぎてしまった野生獣を捕獲する罠(わな)の見まわり負担を減らす作動通知システムの開発から着手したのですが、そのための通信テストで全国の野山を駆けまわりながら、「国土の7割が森林である」ことを改めて知り、「携帯圏外がここまで多いのか!」ということに気づき、「これはフォレストシーがLPWAでなんとかしないといけない!なんとかする!」という妄想から始まり、徐々に確固たる構想に変わっていきました。
携帯キャリア各社の通信エリアマップをご覧になると驚かれるかもしれませんが、日本の国土の3〜4割は「携帯圏外」で、大手携帯キャリア3社を合わせても繋がらないエリアが実は沢山あるのです。
それから、私自身が第2の人生を自然や動物の保護、地域創生や自然再生に貢献したいという想いがずっとありましたので、正に渡りに船というか、運命を感じました。

―― LPWAとは、どのようなものでしょうか?

「Low Power, Wide Area」の略で、通信速度が遅く一度に送信できるデータ容量は小さい代わりに、消費電力が少なく遠距離通信が可能な無線技術の総称です。いわゆる「無線」と呼ばれているものにはいくつか種類があります。無線は文字通り物理的な「線」を使わず、電波や光などを使って通信することで、ものすごく身近なところで言うとテレビやラジオも無線の一種です。これらについては公共性の高いもので広く拡散され、誰もが無料で利用することができています。また、携帯電話などに関しては暗号化の技術が進んだことで、公共ではなく個人がキャリア各社と契約して通信を利用している事はご周知の通りです。これに関しては基地局の設置や保守などのコストがかかるため、その負担が皆さんの利用料に反映される形になっていますよね。このようなテレビ、ラジオ、携帯電話などは身近で殆どの方がご存知だと思いますが、LPWAは認識される機会がまだまだ少ない無線だと思います。

ここ数年における携帯電話の無線の特徴を簡単に表現すると「大容量」で「高速」です。3Gから4Gへと通信規格が進化し、現在注目されている最新の5Gだとなおさらそうですが、より大量のデータを高速で送ることができるようになりました。しかし、意外に知られていない事実として、通信速度の向上と引き換えに無線の通信距離はどんどん短くなっています。飛距離としては3Gで約5〜10km、4Gで2〜3km、5Gになると数百メートルがせいぜいといったところでしょうか。更に5Gの電波は直進性が高いので、障害物の多い街中では100mくらいしか飛ばないとも言われています。
一方LPWAは送ることのできるデータ量は小さいけれどかなり遠くまで飛ぶ、言ってみれば5Gとは真逆の特徴を持った無線です。

―― そうすると、LPWAはどのような目的のために存在しているのでしょうか

LPWAが期待されるきっかけとなったのは東日本大震災で、災害時に携帯回線・インターネットが繋がらなくなったことは報道もされましたし多くの方が経験されたと思います。これを機に「災害時を想定した長距離無線を用意した方が良いのでは?」と総務省で声があがったことから始まったと聞いています。
ところが「LPWAをやりますよ!」といった掛け声に手を挙げたのが、通信やクラウドで利益を得ている都市型ビジネスモデルの企業が多かったために、LPWA無線そのものの良さが活かされず、その後の発展が難しかったと言われています。

―― 世の中「大容量をいかに速く」が注目されているからでしょうか

そうですね。ただ我々は無線に関してスタートアップであったので、既にレッドオーシャンとなりつつある都市部には目もくれず「里山・中山間地域に特化する」という理念のもとで本事業をスタートして4年以上になるという強みがあります。
事業の初期に獣害対策として、当時から汎用的である電波の出力が20mWのLPWA無線を使った製品開発に着手し、急峻な山が多い日本の各地で通信テストを行っていたことが、今のフォレストシーの事業にとって一番の大きな財産であり、原動力となったことは間違いありません。
なぜなら4年前の時点で既に、20mWのLPWA無線では里山・中山間地域では余りにも飛ばず、地形や植生、天候にも左右されるので役に立たないということに気づき、「ならば高出力の250mWの無線機を独自で作ろう!」と決意できたからです。この時が本格的な事業開始のターニングポイントだったと言っても良いと思います。


時田さん、ありがとうございました。中山間地域での実用化が可能な「独自の250mWの機器」!とても気になります。続きは次回お願いします。

取材協力:株式会社フォレストシー

(防災士・東京防災コーディネーター:R)

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