【特集】未来の防災と遺伝子 〜Dr.ナダレンジャー 03

台風にしても地震にしても雪崩にしても、これらは全て地球上で起こりうる自然現象です。もし地球に人が一人もいなければ、これらの現象はただの現象に過ぎません。ですが、それが人間と関わると、人命や財産や自然などを破壊する脅威となります。こんな地球上で今後も生きていく私たち人間は、何をどのように身につければよいのでしょうか。特集の最終回は「防災の未来」について、防災科学技術研究所のDr.ナダレンジャーこと納口氏にお話を伺いました。

Dr.ナダレンジャー 納口恭明(のうぐち やすあき)氏
北海道大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程修了、理学博士。 元独立行政法人防災科学技術研究所総括主任研究員。雪と氷の災害研究をするかたわら、 雪崩シミュレータ「ナダレンジャー」、地盤液状化実験装置「エッキー」、固有振動「ゆらゆら」などを開発し、自ら「 Dr.ナダレンジャー」に変身して幼児から専門家までを対象にした災害科学教育活動を実施。

―― インタビューの最後に、防災の未来について伺いたいと思います。

先のことまで考えたことはあまりありませんが、災害がゼロになれば防災も必要なくなるか?というと、例えば災害をゼロにする(なくす)というと、ものすごく極端な例で言えばシェルターのようなものに全てが覆われて、どんな自然の脅威からも隔離されている状態になればなにもないかもしれないですね。仮にそんな時代がきたとして、自分は何をするかな?と考えた時に、やっぱり今と同じことをすると思います。なぜなら、そうやってあらゆるものから隔離されて守られたシェルターの中にいたとしても、シェルターの外で起きていることはやはり自然にほかならないから、自然に対する興味も不思議さも楽しさもなんら変わりはないだろうと思うからです。

実際にシェルターのようなものができるのはあまり現実的ではありませんし、もしできたとしても、おそらく人間は自然と接することを失う(やめる)ことはないと思います。どんなリスクがあろうとも、そのリスクを背負いながら自然と接することを続ける人はいるでしょう。その人がいる限りやはり災害、つまり被害の起こりうる自然現象がゼロになることは永久にないと考えます。

前回も少しお話しましたが、私たち人間は自分の周りが安全になったとしても、危険なところに出かけようとする遺伝子を持っているものだと思います。もっといえば、これを持っていなかったら人類は絶滅の道に向かうかもしれないとさえ思っているので。リスクがあるところに向かおうとする気持ちが存在する限り、自然現象に対して災害・被害は永久に起こりうるといえます。もちろん、社会が変われば災害も変わるというのも当然ですが、永久に何かは常にあるだろうと思っています。

―― 何も動かなくてシェルターに引きこもっていたら生きているうちに入らない?

うーん、ものすごく快適で安全な、ほぼ自然に近い条件のシェルターがもしできたとしても、やっぱりそこから外の世界=危険に向かうことをしてしまうと思いますね。何度も言いますが、それが人間の本性にあるから。不思議と思わざるを得ませんが、そういう何かが人間のDNAに入っているんでしょうね。ですが、入っているからこそ人類は存在できたとさえ自分は思います。もしそういうDNAを持っていなかったとしたら危険に向き合わない代わりに危険を察知することもできなくて絶滅したのではないでしょうか。好奇心があり、命がけで冒険しようとするDNAを持ったものだけが生きながらえて存在しているのではないか、とさえ思っています。

―― さまざまな形で災害を教訓にしようという動きもあり、地図記号に伝承碑が追加されたことも記憶に新しいですね。

伝承碑で大事なのは、悲しい事実を遺すだけではなくリアリティを持ってここでこんなすごい自然現象がありました、津波がこんなところまで来ました、という客観的で科学的な事実を遺すことにもあります。こうして遺し伝えていくことが、防災科学教育における「伝承碑」の役割のひとつではないかと思います。

東日本大震災のとき、ビルの屋上に巨大な船が乗ってしまっていたり、信じがたい光景が多数ありましたがそれをそのまま遺すのは非常に危険で、災害に遭った方々からみれば目にするたびに思い出して辛いのでは?などと論争になりました。地震は時間をおいて繰り返し起こりますので、みんなが憶えている何年間ではなく、もっと時間が経ったときのことを考え、それと同じスケール感を思い起こさせるものがあったほうが良いのではないかと思います。言葉や文字の記録だけではなく、リアルなスケールを感じることができるモノとして、存在させておくことによって感覚的に捉えることができるのではないでしょうか。

伝承碑記号

人的被害はもちろん看過することはできません。ただ、その現象そのものは「自然界の力」で起こっていることです。敵対するだけではなく、こんなことを引き起こす自然の中で生きていることを実感として感じ取ってもらえることが必要だと思います。

私が実施している実験は全てミニチュア実験ですが、起こっている現象をそのまま小さく再現するのはかなり科学的な根拠が必要で、単なるミニチュア模型ではダメ、ということです。模型はただ縮尺を小さくすればよいだけですが、そこで起こる現象、つまりスピードやパワーを同じ様に対応する現象にした実験にすることが大事です。津波の実験にしても、津波と同じ特性を持った波を起こさないとダメで、コップの中の波を「これが津波ですよ」と言ったところで、人の気持ちに残りません。背後にある科学性をしっかりと伝えることですね。


納口さん、ありがとうございました。

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コロナ以前、Dr.ナダレンジャーの活動はステージ回数が年間250回以上とのこと。防災科学技術研究所にも動画がアップされていますので、ぜひご覧になってください。
防災科研の紹介動画

(防災士・アール)

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