【特集】時速300kmのピンポン球で… !? 〜 Dr.ナダレンジャー 02

見に行きたい欲求・好奇心、「ダメと言われたら余計に」…という人間の本性については、程度の差はあれみんな持っているものかもしれないと思うと、ではそんな気持ちと付き合いながら、今後どう防災と向き合っていくべきかとても考えさせられます。前回(【特集】乳幼児から専門家まで「科学で伝える」〜 Dr.ナダレンジャー 01)に引き続き、防災科学技術研究所のDr.ナダレンジャーこと納口氏にお話を伺いました。

Dr.ナダレンジャー 納口恭明(のうぐち やすあき)氏
北海道大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程修了、理学博士。 元独立行政法人防災科学技術研究所総括主任研究員。雪と氷の災害研究をするかたわら、 雪崩シミュレータ「ナダレンジャー」、地盤液状化実験装置「エッキー」、固有振動「ゆらゆら」などを開発し、自ら「 Dr.ナダレンジャー」に変身して幼児から専門家までを対象にした災害科学教育活動を実施。

―― 災害を引き起こす自然現象について、エンターテインメントで楽しく見せていただけると、「防災・災害」に対して、あまりネガティヴにならずに興味を持ってもらえるきっかけになりそうですね。

はい、私の活動の目的はまさにそこです。「防災に入っていく」のは非常に重いものがあるじゃないですか。自分の行動における様々な楽しい選択肢の中で、防災について何かをしようとするのは、大事なこととはわかっていても、プライオリティは決して高くないでしょうし、他に重要で面白いことがあればついついそっちを優先してしまいます。これはある意味仕方のないことで、これも人間の本性ですが、その面白そうな他の選択肢を押しのけて防災につなげる手段のひとつがサイエンスなんです。

サイエンスは良い悪いではなく「真理の探究」ですから。それでまずは「おもしろい」から入ってもらうために、ある意味ちょっとトリックのようにエンターテインメントで仕掛けるわけです。この体験を通して「こわい」ことを理解していただき、「怖さを体験した」結果として身につけていただけたら嬉しいです。防災に対してもともと興味がある人は、なにもしなくても自ら情報を得て知識を増やしていかれると思いますが、興味が全くない人はなにかしら工夫をしない限り「防災」に触れる機会もできないかもしれないですしね。

―― 防災を伝える立場だと、どうすれば興味を持ってもらえるか、ものすごく考えさせられますね。

私も雪崩の専門の世界に入る前は「ただ雪が崩れ落ちるだけでしょ? 雪なんて綿菓子みたいなもので、それで人が死ぬというのはどうしてだろう?」と感じていました。
雪崩被害のニュースでは死者が○人、などの報告もあり怖いと思いますが、でも直感的に本当に怖いことが芯から理解できているか?というといまひとつリアルではない。

研究してわかったことは、例えば発泡スチロールでも、人が死ぬ可能性があるということ。私たちが行っている実験で、ピンポン球を使った雪崩実験というものがありますが、みなさんよくご存知のあのピンポン球だって、人が死ぬ危険があるんです。これがピンポン球ではなくゴルフボールだとすれば、重さや硬さをご存知の方はあれが何百万個落ちてきたら、死ぬかもしれないしただじゃ済まなさそうということが感覚でわかるかもしれません。でもピンポン球が何千万個落ちてきたときに「死ぬかもしれない」とは、あまり思えないのではないでしょうか。

実はピンポン球の密度はふわふわした雪とほぼ同じです。新雪の雪崩では一番ふわっとした雪で人が亡くなるのに、それと密度がほぼ同じピンポン球で亡くならないわけがないのです。ではなぜピンポン球でもこわくなるのか?をわかりやすくお見せする実験。簡単に言うと、1個10個1000個と徐々にピンポン球の量を増やしていくとあることが変わるんです。なんだと思いますか? 答えは「スピード」です。例えばピンポン球の量が東京ドーム満杯になると新幹線くらいのスピード(時速300km程度)になります。
これが風だけだとしても威力は竜巻と同じくらいです。ピンポン球なしで空気だけでも木が折れたり家が吹き飛ばされたりするスピードですので、ピンポン球がそのスピードで迫ってきたら威力はそれより遥かに大きいですから。それが発泡スチロールだって相当危険で死ぬ可能性だってあるということがわかります。幼い子ども達でも、実際に1万個のピンポン球雪崩の迫力を体感してみると説明は少くてもおおよそのことを理解してくれます。

―― 雪とピンポン球ですか。考えたこともなかったです。おっしゃるようにサイエンス(科学)の視点で見るととても新鮮ですね。

災害そのものと、災害を起こす巨大な自然現象は全くの別物です。自然現象そのものが悪いわけではなく、人間との付き合い方で災害になりうる…そう思うと自然現象自体はニュートラルに接する対象であり、決して敵対するものではないのです。

――地球における自然現象としてこんな現象がある、これが私たち人間の日常生活に及ぼす影響としてこんなことがある、というのを正しく判断するのが必要ということでしょうか?

「正しく怖がる」ことが重要ですね。私自身は、研究していた中で、これは理科実験として面白いな、と感じられたことを人に伝えたくて仕方がないんです(笑い)。そして一緒に楽しめたら、というセンスでやっていますので、ある意味自己満足なところもあるかもしれません。それがたまたま災害をひき起こす自然現象を題材にしているということで、防災に対する興味を強く持ってもらうためのきっかけづくりのお手伝いをしている感覚です。


ありがとうございました。それにしてもピンポン球で…!それはびっくりです。なるほど、科学で実証していくことの大切さや重要性がよくわかりました。私も実際に体験してみたいです!
ピンポン球による実験映像はこちら↓
Dr.ナダレンジャーの防災科学教室「なだれ実験」

(防災士・アール)

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