雨の多い日本でワインをつくるには想像を絶する苦労と、日本独自の素晴らしい技術と、ワインづくりに携わる方々の熱い思いがありました。今回は日本のワイン造りの歴史に触れながら、ブドウとワインについてお聞きします。お話してくださるのは前回に続いて、丸藤葡萄酒工業株式会社・代表取締役の大村さんです。
大村春夫さん
ーー前回のお話(「ワインをつくる人の心意気も含まれる。日本のワイナリーの挑戦・勝沼①」)で、日本のワイン(そしてブドウ)造りは雨との闘いとおっしゃっていましたが、このところの気候変動はさらに大変ではないですか?
ワイナリーで困る現象は、今年で言えば7月の冷夏、降雨、8月の猛暑、9月10月の台風と雨です。本来は黒く色づくべきブドウに色がつかない・熟さないんです。これが一番困ります。日照不足だけではなく、昼と夜の温度差がないとダメですし、積算温度が足りないのもその原因です。今年は本当に厳しい年でした。
熟す前の青いブドウは糖度が殆どありません。ブドウは太陽の光を浴びて光合成をして熟しながら糖度があがり、酸が下がります。熟してくるとブドウの皮は薄く破れやすくなっていますし、糖度が上がっていると病気になりやすいので、この時期に雨が降るとひとたまりもありません。だから日本のブドウづくりは地面から高いところで育てる「棚栽培」になったんです。
ーー日本のワイン造りはフランスをお手本にしているのでしょうか
明治10年ふたりの青年、高野正誠、土屋竜憲がフランス(トロワ)にワイン造りの勉強に行くところから、日本のワインづくりの歴史が始まります。今じゃトロワ産のワインなんて聞いたことない!という人も多いかもしれませんが、当時はブドウの一大産地でした。不幸なことにフィロキセラ(根アブラムシ)という病気でブドウがみんなやられてしまって、その時期に生き残って発展したのが、ボルドーやブルゴーニュですね。
このふたりが横浜から船に乗り、さらにマルセイユから電車でトロワに移動するのですが、今のように交通の便も発達していなくて時間がかかり、到着したのはワインの仕込みシーズンが終わった後でした。ふたりは大日本山梨葡萄酒から派遣されていたのですが、このまま帰ったら何のために来たのかわからない!と、自費でトロワに残って修行して技術を持って帰ってきてくれたから今の日本のワインがあるんです。勝沼の恩人といっても過言ではありません。ちょうどそれから100年後に私もフランスのボルドーでワインの勉強をすることになるんです。
ワイン造りに関しても、ブドウづくりに関しても大手ワインメーカーさんにずいぶんお世話になりました。うちだけではなく、日本全体のワイナリーにとってもね。
醸造技術的なことはメルシャンの浅井さんが「メルシャン一社だけが良くてもダメだ、みんな(ワイン業界全体)がよくならないと(ワインの)産地として認められない」と言って、情報を公開してくださったんです。例えばフランスのロワール地方で、白ワインをつくる際、果汁を清澄させて、発酵させると澱として沈殿するのは酵母の菌体が中心のものです。その酵母からアミノ酸などのうまみ成分をワインに引き出す「シュール・リー」という製法がある、ということを教えてくれました。当時、メルシャンの頒布会のワインを飲んで「こんなに旨いワインがあるのか、甲州種でここまでやれるのか」と驚きました。
また、ブドウの栽培に関してはマンズワインさんが垣根栽培、雨除け施設の情報を公開してくれました。そういうことがあって小さなワイナリーでも今のような欧州系品種でワインをつくれるようになったのがここ30年ほど前のことです。
日本のワイン造りは雨との闘いと何度も言いますが、雨をいかに防ぐか、それこそ試行錯誤を重ねながら今に至っています。畑の中に暗渠排水(あんきょはいすい)を施すとか、ブドウの木を覆うビニールの雨除け施設(レインカット)とか、ブドウの実に笠掛けするとか…それはもう膨大な創意工夫の積み重ねです。それでも、収穫時期に台風がきたりすると全滅ということだってあります。
ーー大変ですね…そこまでして、日本のブドウでワインをつくられるのはなぜでしょう。
ワインは風土の産物だから、です。海外のブドウをブレンドしたらここ(日本・勝沼)らしい風土がなくなってしまうでしょう。世界のワインはみんなその土地で採れたブドウでワインを造っています。風土がブドウに写(うつ)り、そのブドウがその土地のワインになるわけで。これこそが風土の産物ということなんですよ。
だから小さなワイナリーにとっては、輸入のブドウを使ったり濃縮ジュースを使ったりすることには意味がないんです。もちろん、日本中にもっとワインを広めるためには、いろんなタイプ、いろんな価格帯のワインも必要ですので、あれがダメ、これがダメっていうことではなく、私たちのようなワイナリーがやることとして、という意味です。大手メーカーさんは幅広いタイプのワインを生産していて、日本人があまりワインに馴染んでない頃から何とか日本にワインを根付かせようと、低価格のワインや飲みやすいワインを広める努力をしてきてくれて今日があります。「日本ワイン」に関してもかなり熱心に素晴らしいものをつくって業界をリードしています。
昨年「日本ワイン」という表示ができたのをご存じでしょうか。日本国内で採れたブドウを原材料に日本でつくったワインは「日本ワイン」と表記しましょうということになったんです。表示問題も厳しい時代ですが、なによりも「ワインの本質はその土地の風土を反映させるワイン造りが大切」です。ブドウの品種は、フランスからきたもの、もともと国内にあったものといろいろありますが、土地で採れたものを大事にしていこうという動きは小さなワイナリーでは常識化しています。
日本のワイン造りについては、もっとたくさん興味深いお話を伺いましたがコンパクトにまとめさせていただきました。ワインはその土地の風土を反映させる…これまた深い言葉です。前回の「テロワール」という概念にも感銘を受けましたが、このお話を伺って個人的に「日本ワイン」を積極的に飲もう!と思いました。次回は恒例「5つの質問」にお答えいただきます。大村さん、ありがとうございました。
取材協力:丸藤葡萄酒工業株式会社
(アール)