高速で大容量の通信網によって私たちの生活は「より快適」に「より便利」になっています。送受信に関してストレスのないインフラは進化が止まりません。ですが、これは「一部の地域」に限られた話で、日本には「携帯圏外」のエリアが圧倒的に多く、そこでは「快適や便利」どころか「必要最低限」の通信手段さえ提供されていません。でも、そこでもし緊急で重要な情報の発信が必要になったら…? このシリーズでは独自のシステムで「日本の隅々まで、IoT通信圏外を“ゼロ”へ」の実現に邁進する株式会社フォレストシー 時田氏にお話を伺っています。
株式会社フォレストシー 代表取締役 時田義明氏(写真提供:株式会社フォレストシー)
―― 前回のお話から、このシステムが防災においても大いに期待できることがわかりました。現在実用化されている事例について詳しく教えてください
例えば愛媛県久万高原町では、町内各所に中継機があるので久万高原町様専用の端末を持っていれば、位置情報が常に管理者や仲間に伝わるようになっています。
GeoChatは音声通話はできないけれど、携帯圏外エリアでも遠距離の相手とチャットのようにメッセージ交換ができます。町中などの日常生活圏内だけでなく、中継機と通信できる範囲内であれば、それが例え携帯圏外の山中であっても市街地にいる仲間や家族とチャットができるということが既に実現段階に入っています。
ご存知のように携帯電話は個々人の契約した携帯キャリアの回線を利用して通信が可能となっています。携帯電話の場合は公衆網と呼ばれ、全域でないにしても既に設置してあるアンテナに繋がる形です。
一方でこれまでお話してきたGeoWana、GeoChatで構築してきたインフラは全て自治体、もしくは森林組合の自営の通信インフラです。近年では災害に備えてレジリエンス強化のために、携帯回線など既存の通信網に依存しない自営の通信インフラが重要と言われておりますが、もし災害などで公衆網が使えなくなったとしても、愛媛県久万高原町ではGeoChatを持っている行政の職員同士はGEO-WAVEの通信インフラによって連絡を取り合うことが可能です。ブラックアウトした時に役立つという意味でも、自治体自営の通信インフラは今後必須になるでしょう。
―― 電気がシャットダウンされても使えるのでしょうか
はい、もちろんです。中継機はソーラーパネルバッテリーで電気を引かずに稼働させれば、ブラックアウトした時でも最低限のコミュニケーションはとり続けることができます。これは防災用として、より必要な要素だと思います。
―― 登山者の見守りについてはどのようなしくみなのでしょう
登山者の見守りとしてGeoChatを開発しようとしたのは2年以上も前のことです。現段階でも位置情報をドクターヘリや防災ヘリ、登山者の遭難救助用ヘリに的確に伝える手段はありません。実は既成の安否確認システムもありますが、非常に弱いビーコン(地上にある無線局などから発射される電波や電磁波)しか出せませんので、そのビーコンを持っている人の上空に飛んでいないとわからないんです。つまり遠く離れていても位置がわかるというわけではなく、たまたま要救助者がビーコンを出している上空を飛んだ時にしか発見できないということになります。
しかし、私たちが開発したGeoChatでは、スマートフォンからのSOSメッセージ送信、もしくはGeoChat端末に備わっている物理的なSOSボタンを押すと、GEO-WAVEによって災害や遭難の現場からはるか遠くまで位置情報とメッセージ付きの救助要請を届けることができます。
林業の方々は携帯圏外で作業中に何かアクシデントが起きると、そこから這ってでも携帯回線が辛うじて繋がるような山頂等に登ってSOSを送らなくてはいけないそうです。救助ヘリに位置情報が伝わらないと、救助側でも二次災害が発生する恐れもありますので、正確な位置情報が欲しいというリクエストもありました。衛星電話を使う手段もありますが、通話料のコストが大きく上空の見晴らしが悪い谷間などでは繋がらない事も多く、現実的ではありません。
愛媛県久万高原町で、愛媛県航空隊と共同訓練をした際にGeoChatを使っていただきました。位置情報を直接ヘリコプターに向けて送信することはもちろん可能ですし、久万高原町の場合は携帯圏外の山中からSOSを送ると、町内の中継機を介して直接消防本部・森林組合・役場に飛びます。情報をキャッチした役場の方が消防に伝えて救助に行くフローがとてもスムーズにできます。
―― 日本の防災力がアップしそうですね!時田さんは、防災の未来をどのように考えていらっしゃいますか
レジリエンス強化という意味でも、自治体自営の通信インフラが必要と言われています。防災もふくめ獣害対策や林業従事者の見守り、災害が多いエリアのモニタリングなど、中山間地域の課題は本当にたくさんあります。山間部は山津波(地滑り・山崩れ)が起きると孤立してしまう可能性が高いです。
我々のシステムは奥山・中山間地域の状況を捉えて災害の早期通知が可能になるので、災害大国とも呼ばれている日本で、課題解決の一端を担えればと思っています。「繋がらない地域をゼロにする」ことを目指し、各自治体のニーズにぴったりなIoTインフラを構築していきたいと思っています。そして物理的にはそれがすでに現実として見えるところまできています。
―― 日本は高齢化も進んでいるので、人力で何かを解決することが今後ますます難しくなっていきそうですね
自治体は課題が増えているにも関わらず、それを解決する人員は減っている現状があります。今後10〜20年は高齢化の加速が続くとの見方が強く、それ以降はそもそも限界集落に人がいない事態も考えられます。ですが、そんな時代になってしまったとしても、河川の状況の変化や上流の水位を知ること、見回りのリスクや負担を軽減することは引き続き重要だと思います。
―― 時田さんは、なぜ自然や動物に貢献することをライフワークにしたいと思うようになったのでしょう?
先日たまたまとある写真展の会場で、主催のカメラマンとそんな話になったのですが、子どもの頃は動物や自然をテーマにしたテレビ番組をよく観ていまして「自然保護のレンジャーになりたい」と憧れていたことを思い出しました。その後、それに向けた努力をしたわけではありませんが、この想いはずっと持ち続けていたんです。
今はフォレストシーの仕事を通じて各地の山々に行くことができ、ここ数年はかなりのハードワークで体力的な厳しさもありますが、地方の方々の課題や困っている問題を解決することに貢献できることが、我々のモチベーションになっています。皆様からの「ありがとう」や「待っています!」の言葉に幸せを感じます。
デジタル機器に関しては大掛かりな政策も報道されています。必要なものを必要なところへ、満遍なく…「便利や快適」だけではなく「必要」に軸を据えた実のある未来をお聞きすることができました。時田さん、ありがとうございました。
取材協力:株式会社フォレストシー
(防災士・東京防災コーディネーター:R)