今回の防災特集では、近年増えている「大雨による災害」や「河川の氾濫」について、私たちがどのような対策をすれば良いのか、自分の命は自分で守る、そして地域はみんなで協力して守る…防災における「自助」と「共助」について考える貴重なお話を伺いました。第3回目は日本特有の地形と未来の治水について、水文学をはじめ防災工学・土木工学・気象学などに精通されている中央大学理工学部教授・山田 正(やまだ ただし)先生にお話を伺います。
山田 正 教授
中央大学理工学部教授。東京工業大学、防衛大学校、北海道大学で教鞭をとり、91年より現職。主な著作に『水文・水資源ハンドブック』(分担執筆・朝倉書店)、『豪雨・洪水災害の減災に向けて』(共著・技報堂出版)などがある。2015年関東・東北豪雨災害の際は『土木学会・地盤工学会合同調査団団長』を務め、令和元年台風第19号の際は『土木学会台風第19号災害総合調査団員』を務めた。土木学会論文賞(96年)、土木学会功績賞(2018年)をはじめ受賞多数。元水文・水資源学会会長。
ーー 今は情報が可視化される時代になっていて、わたしたちがよく見る雨のレーダーなどを可視化する企画推進は、山田先生が委員長をされたのですね。
光学式雨滴粒径観測機(レーザ雨滴計)を開発し、レーダ雨量計の精度をチェックして来ました。こうした研究などをしている関係でも講演をする機会が多々あるのですが、「この赤いのは何ですか?」と質問を受けることも…今はスマートフォンなどで、いろいろな情報をわかりやすい表現や動画で見ることができますから、天気や気象にそれほど知識がない人でも視覚的にどんな状態なのか、理解しやすくなっていると思います。せっかく近代的な武器があるんですから、日頃からこういったツールに慣れていただくと良いと思います。
群馬県の山間地でお昼過ぎ頃に入道雲が生まれ、これが発達しながら東京に向かってやってきます。そして夕方前頃に雨が激しくなるケース、これがいわゆる都心で発生するゲリラ豪雨の典型的なパターンです。都心の人はゲリラ豪雨に注意が必要ですね。一方、山が近い人に気をつけていただきたいのは線状降水帯です。線状降水帯は都会よりも山のほうにより強い雨を降らせます。このような特性について、地形による増幅効果と言います。
ーー 国民の危険に対する予備知識の不足、リスクに関する認識の甘さはなんとなく感じていますが、特に水に関しては、数日前に危険がわかることなので逃げればよいですよね?
私は研究室の学生と、洪水による被災地域を対象とした日本最大級の現場調査を行いました。もちろん、被災した各市区町村を対象とした膨大なアンケート調査も実施しています。こうした調査結果から言えることは、人間の悲しい性なのでしょうか。「過去の自分の経験から楽観的に予測してしまう」ということがわかっています。そもそも、人間の脳の構造がそんなふうにできているということもありますし、比較的平和な国に生きている日本人としての災害に対する甘さを感じることもあります。
ーー 日本はあらゆる種類の災害が起きる場所ですよね。
こんな狭い国土でありながら災害の種類が多く、その頻度も高い先進国は、世界で他に例を見ません。ですから、アメリカやヨーロッパの考え方や技術をそのまま日本に当てはめることは無理で、日本は日本の土地に合った考え方をせざるを得ません。
例えば地震・津波・洪水・火山噴火・土石流などが全部同時に発生する可能性があり、これらを同じものとして考える必要がありますが、偏った意見が前面に出やすいと感じます。例えば、環境問題を提唱する人は環境のことしか考えて発言しませんし、それぞれの専門性や興味に偏った意見になりがちです。これは本当に難しい側面だと言えるでしょう。
ーー 治水は国づくりからということにつながりそうですね?
いわゆる「河川」は1万年くらいの歴史の中で作られてきたもので、日本の歴史を辿ると、聖徳太子をはじめ、空海や戦国武将たちなど、時の治世者が治水事業を行っています。都内を流れる荒川や江戸川は人工的に掘った川ですが、他にも利根川や淀川、木曽川は、明治時代に始まった近代治水事業によって今の状態になっています。
私が所属している土木学会では「流域治水」を提唱しています。「流域治水」という言葉は昔からありますが、我々の言う「流域治水」は「治水の原点に還れ」という意味を込めています。つまり治水の原点=国づくりです。街づくり、国づくり、土地づくり、人づくり、も含めて国の形をどうすべきか?そのためにはあらゆる防御手段を合理的に配置すべきではないかと思います。例えばダムなどは、それ自体が問題、という言い方をする人も多くいるように感じていますが、ダムをすべて排除して土地利用や地域計画だけで地域の住民を守るのは、現実にはかなり難しいですし、あらゆることを理性的に、総合的に判断する必要があります。
環境問題にしても、自然を破壊している原因を見定めることが必要ですし、そのためには、とても困難なことではありますが、自然という大きな枠を知る努力をしなくてはなりません。これには膨大な労力と時間を要することになりますが、解決すべき問題は山積されていますので、地道な努力を重ねて解明を進め、解決方法や対策を講じるために役立てなくてはなりません。
ーー 大変そうですが、着々と研究は進んでいるんですね。専門家の方にお任せする部分とは別に、私たちもできることを粛々と進めなくては、ですね!
ゲーテの『ファウスト』をご存知ですか?この小説の主人公・ファウスト博士は、最終的にはオランダの治水事業に取り組んでいます。そして貧しい人たちや、年中水害に遭って困る人たちを安全にしたいと願い、そこに人生の生きがいを感じていきます。シェイクスピアの『ハムレット』もそうですし、トルストイやドストエフスキーにしても作品の中で治水を描いているんです。文学も理系の目をもって見ると、また違った楽しみ方できるのではないでしょうか。空(天候)のことや地域に流れている川や山など、身の回りのことにほんの少し理系的な興味をもって触れていただけたらと思います。
日本の歴史や文学作品にそんな側面があったなんて…。そう言えば「信玄堤」「太閤堤」という言葉自体は教科書などから文字情報として何となく知ってはいたけれど、その背景や、なぜそれが生まれたか?については深く考えたことがありませんでした。ひとつの事象をもっと深く考えて見る、周囲のことも合わせて俯瞰で見る、という習性を身につけると多くのことがつながって考えられるようになれそうです。山田先生、たくさんの貴重なお話本当にありがとうございました。
取材協力:山田 正教授(中央大学 理工学部 都市環境学科)
河川・水文研究室(山田研究室)
<参考文献>
清水啓太,山田朋人,山田 正:確率限界法検定に基づく確率分布モデルの信頼区間を導入した新しい水文頻度解析手法,土木学会論文集 B1(水工学) Vol.74, No.4, I_331-I_336, 2018
清水啓太、山田正,、山田朋人:ベイズ手法に基づく大量アンサンブル気候予測データを用いた極値降雨量の信頼区間・予測区間の将来変化推定,中央大学理工学研究所論文集第25号, pp.41-56, 2020
■関連記事
【防災特集】川について知る・考える(1)「川の実力と雨の降り方」
【防災特集】川について知る・考える(2)「治水と、自助」
(防災士・アール)