特集【東日本大震災】津波の対策に関する最新事情

災害の備えについてはいろいろな必需品がありますが、身近なものとして避難食・非常食があげられます。最近では必要なものを少しだけ余分に買って消費しながら備蓄する「ローリングストック」という考え方も浸透しつつありますが、食品には賞味期限があり「せっかく買っておいたのに、災害が来ないうちに賞味期限がきてしまった」ということも多々あることでしょう。
食品だと「使える期限」がわかりやすいですが、建造物となるとスパンも長く日頃から意識するのは少し難しいかもしれません。津波に対する備えの「堤防」は、耐用年数50年と言われているそうです。食品なら賞味期限前に食べてしまえば良いですが、堤防は造るのも壊すのも相当な時間と労力、そしてお金がかかります。いま、津波に備える対策はどのような考え方があり、どんな技術があるのでしょうか。佐藤教授にお話を伺います。

写真提供:高知工科大学

佐藤愼司教授
高知工科大学 システム工学群 教授、工学博士。横浜国立大学工学部助教授、建設省土木研究所河川部海岸研究室室長、東京大学大学院工学系研究科教授などを経て現職。専門は海岸工学、沿岸環境学、水工学。土木学会、日本海洋政策学会に所属。津波とその対策、高潮とその対策、漂砂、海浜変形、海岸侵食対策などを研究。『海岸波動 [波・構造物・地盤の相互作用の解析法』(共著・土木学会編)、『レジリエンスと地域創生』(共著・明石書店)、『東日本大震災の科学』(共著・東京大学出版会)など著書・受賞歴多数。

―― 頻度を考えると、防災対策の耐用年数、防波堤というか、防災のための設備が50年程度なのに、1000年に1回〜20回作りなおさなきゃ。と書いていらっしゃいましたが…

今は堤防をコンクリートで作っていますが、50年も経つとコンクリート自体も弱くなってしまうし補修も必要になります。

―― 東日本大震災の規模を基準にして今の標準が決まっているのではないのでしょうか

堤防などの仕様に関して、基本的には過去最大のものを想定してやりましょうということですが、そこで今の質問にあったような議論になります。
10メートル、20メートルの高さの堤防を造ることは技術的には可能です。もちろん、地質の悪いところでは何かしら工夫しなくてはなりませんが不可能ではありません。しかし一方で、それをやっていいのか?という議論もあります。条件の良くない場所にコストと労力をかけ工夫して堤防を造っても、もって50〜100年です。50年経過したら造り替えなくてはならなくなるわけで、1000年に1回程度の津波のため、ということは20回造り替えなくてはならず、そのうち19回は造っただけで終わりなんです。

―― いわゆる「空振り」というか、造り損な感じですね

そういう言い方もあるかもしれませんが、いずれにしても1000年に1回くらいの巨大なものに対しては、堤防を造る対応以外の対策をやるべきではないかという議論があります。
今まではとにかく最大のものに対して堤防で守るということをやってきましたが、東日本大震災の経験を受け、あのような巨大津波をまだ経験していないところも含めて全国的に新しい考え方で対策しようということになりました。

―― 新しい考え方というのはどのようなものでしょうか

津波が発生するのは平均するとおよそ100年に1回なので、この「100年に1回起きる平均的な津波」に対しては堤防で守りましょうということで、それを「レベル1」とします。
一方で、東北津波のように10回に1回くらい頑張ってしまう巨大な津波に対しては堤防では守らない、言い方を変えると「堤防以外の対応で考えましょう」ということで、これを「レベル2」とか、「最大規模」「最大クラス」という言い方をします。

これまでと同じように、とにかく最大のものに対して全て堤防で守っていくという考え方では非常に合理的ではない対策になってしまうので、「レベル1」「レベル2」と2段階に分ける考え方を導入したのです。これが東日本大震災以後の新しい考え方になりますね。

ハード対策とソフト対策を組み合わせた総合的津波対策の概念図:堤防の設計津波までは、構造物で浸水を阻止し(防災)、それを超える規模の津波は、早期避難などで被害の低減を図る(減災)。(図提供:佐藤教授)

この考え方についてもう少しお話しますと、今あるものも含め、堤防はいずれにしても造るわけですが、堤防ではせいぜいレベル1までしか守れません。いつ来るかはわからないけれど1000年に1回くらいはそれを超える最大規模・最大クラスのものが確実に来るわけです。そうすると今造ってある堤防を超えてしまいますよね。これに対して、今までの堤防設計の考え方は「超えたらもうダメ」「効果がない」と思いましょうというしかありませんでした。
まだはっきりと「これ!」という技術開発はできていませんが、堤防を超える津波が来るということがすでにわかっているのであれば、それに対しても少しは役立ってくれるもの、つまり壊れにくい、もしくは少しでも壊れる時間が遅ければ、逃げる時間が多少なりともかせげるのではないかと。つまり「超えたら設計対象外」ではなく、最終的には壊れるにしても、少しは踏ん張ってくれるものをということで、それをいろいろな言葉で表現しますが、一番有名なのが粘り強いという言葉になると思います。堤防の粘り強さについてきちんと設計すると、それを超える規模の津波に対しても、今までの考え方で造られた堤防が多少なりとも役に立つようになるので被害が減ることが期待できるのでは、という考え方です。

福島県楢葉町における粘り強い海岸堤防の事例(2012年8月24日撮影) 堤防内部に隔壁があり、これにより、堤防内部の土砂がすべて流出しても自立しています。隣接する区間の隔壁のない堤防は全壊しており、復旧のために黒い土のう袋が置かれています。(写真提供:佐藤教授)

―― コロナ禍でよく使われる「時間稼ぎ」みたいな捉え方でしょうか?

時間だけではなくて、物理的に津波の流れの強さを弱くするなどということも含めてですが、避難という意味では時間稼ぎで、堤防が壊れるまでの時間を少しでも長くするということですね。

―― 取材中に東北で被災された漁師さんが「津波警報が出たらボタン1つでせり上がってくる巨大な壁があればいいのに」とおっしゃっていました。こうしたものは技術的に可能なのでしょうか

浮上式防波堤といいますが、研究ではすでにありますよ。杭のようなパイプのような防波堤を海底に沈めて普段はそこに水を入れておき、津波が来たらボタンを押して空気を入れます…そうすると沈めてあった杭が浮き上がるというしくみです。
設置は港を想定していますが、それらの杭がビューッと何本も浮き上がって港の入り口から中に波が入ってこないようにするというものです。アイディアとしてはありますが、杭が確実に浮き上がるのは難しく、実現には至っていません。なぜなら、杭を沈めてある海底がボタンを押す前=津波が来る前に揺れてしまうからです。津波が来るほど海底が揺れてしまうと、地盤がぐちゃぐちゃになってしまい、パイプの周りの地盤も揺れて真っ直ぐの状態が保てるかどうかわかりません。ほんの少しでも曲がってしまうと杭が引っかかって浮き上がらなくなるので、なかなか実現・導入は難しいですね。ただこういったアイディアは大事ですし、特に東北津波以降はいろいろなものが研究されています。

―― 堤防をはじめとするそういった建造物に関しては、自然環境の問題や景観などの難しい問題があるとお聞きしますが

それはあります。漁師さんの村が多いかもしれませんね。「海のことは自分達が一番よく知っているから」とおっしゃることもありますし、堤防を作ると基本的には海に出にくくなったり海が見えなくなったりしますので、ものすごく抵抗があると。
ただし、安全な高台に居住地を設けて堤防は低くするとか造らないとか、そんな工夫や折り合いをつけたところはたくさんあります。


白か黒かではなく、柔軟な考え方で災害を防いだり被害を減らしたり。東日本大震災によって、防災について減災、という考え方もプラスされたのですね。災害が確実にやってくる未来に向けて、私たち一人ひとりにできることはどんなことでしょう。次回は佐藤教授の考える防災の未来についてお聞きしたいと思います。佐藤教授、ありがとうございました。

取材協力:高知工科大学

(防災士:R)

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