【特集】乳幼児から専門家まで「科学で伝える」〜 Dr.ナダレンジャー 01

「防災」という言葉を聞くと、どのようなことを思い浮かべるでしょうか。「必要」「やらなきゃ」「不安」「大切」…一方では「とっつきにくい」「つい後回し」といった少しネガティヴなキーワードもセットで出てきそうですね。ましてやコロナ禍で毎日多くのネガティヴな情報を耳にしていると、できればそういったことは避けて過ごしたい!と思う方も少なからずいらっしゃるでしょう。そこで、本特集第2弾では「サイエンスで楽しく伝える」を実践していらっしゃる防災科学技術研究所のDr.ナダレンジャーこと納口氏にお話を伺いました。

Dr.ナダレンジャー 納口恭明(のうぐち やすあき)氏
北海道大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士後期課程修了、理学博士。 元独立行政法人防災科学技術研究所総括主任研究員。雪と氷の災害研究をするかたわら、 雪崩シミュレータ「ナダレンジャー」、地盤液状化実験装置「エッキー」、固有振動「ゆらゆら」などを開発し、自ら「 Dr.ナダレンジャー」に変身して幼児から専門家までを対象にした災害科学教育活動を実施。

―― Dr.ナダレンジャーはどのような活動をされているのでしょうか?

全国各地でエンターテインメント系のサイエンスショーをしています。ただ、エンターテインメント系と言っても内容は災害を引き起こす自然現象の実験です。対象は乳幼児から科学の専門家までとかなり幅広く、幼稚園・科学館・理工学系の大学生、防災イベントや地域のお祭り・ショッピングセンターなどでも実施しています。
実験のネタは自分が実際に学会で発表したものです。相手によって、言葉遣いなどはもちろん変わりますけれど、基本的にどこでもどんな年齢の方に向けても同じスタイルでやります。

―― 災害を引き起こす自然現象とは具体的にどんな内容なのでしょうか?

流れ下る雪崩(なだれ)、地震の際に起こる液状化現象、地震による建物の揺れに関する実験の3本がメインで、これらに絡んで小ネタがいくつかあります。私はもともと雪崩(なだれ)が専門で、実はこの「ナダレンジャー」という名前もよく間違われるのですが、ナダ・レンジャーではなく、ナダレ・ンジャーです。

―― 雪崩が専門だからナダレンジャーなんですね。今冬は大雪による災害がたくさん発生しており、雪が多い、ということは雪崩なども心配です。

昔は山に入って仕事をする人で雪崩の犠牲になる(亡くなる)方が結構多かったのですが、今は仕事ではなくレジャーで山に入る人が多くなり、そこで被害に遭う方が増えています。

雪崩は他の災害・地震や風水などの災害と違い、雪のある斜面に行かなければ絶対に遭わない災害ですので100%回避する方法がある。つまり雪崩が発生する場所に行かないことです。が、それでも行かなければならない・積極的に行こうとする場合はそれなりに科学的な知識を得て行っていただきたいと思います。一番良くないのは、どなたか「よく知っている経験者」と称する人に連れられて行く場合で、こういうときに初心者が悲劇に遭う可能性が高いです。

雪崩がいつ起こるかは、雪崩の専門家でもなかなかわかりません。ましてや前出の「経験者」にだってわかるわけがない。わかることといえば、そこに危険性がある/ない、だけであって、起こる/起こらない、については誰にもわからないのです。
「危険性がある」状況で、特に山に必須の用事がないいわゆる普通の人が雪山に入ることはまずないですからね。雪崩が怖いと思っているのも当たり前。この「怖い」に対して「大丈夫!」と勇気づけて山に入ると危ない目に遭う可能性がありますし、場合によっては災害(雪崩)に巻き込まれて命を落とすことにもなりかねません。

災害でもなんでもそうですが、自然の中で生きていく上では、必ず何かしらのリスクがあります。雪山に関していえば「絶対に安全」を求めるなら行かなければ良いのですが、中には「仕事で行かなくてはならない(必須)」という方もいれば、「好奇心や趣味・興味で」行く人もいます。いずれにしても「危険のある」場所に行くとなると「絶対に安全」はありません。
ただ語弊を恐れずに言うと、この好奇心が100%悪いと言い切れない部分もありまして…何もしなければ何も進まないし、何もわからない、そういう好奇心がどんどん新しい発見をもたらしてきたとも言えるのです。

台風の時に押し寄せる高波をわざわざ見に行って亡くなられる方だっていらっしゃる。そういう方々は防災意識が低いから、ということだけではなく、人間が生まれ持っている「知らないものに対する好奇心」あるいは「怖いもの見たさ」からくる行動ではないかと思います。好奇心は「怖いもの」を乗り越えて新しい何かを発見していく可能性もありますから、全てを否定するのも少し違う気がします。例えば「危ないから登山はやめましょう」とか、そんなことになると話は全く別の変な方向に行ってしまいますので、兼ね合いが大事といえるでしょう。重要なのはリスクをしっかりと確認・把握した上で自分の意思で行動することです。

―― 個人的な体験談で恐縮ですが、1987年3月18日に発生した宮崎県の日向灘地震の際、たまたま旅行で現地にいまして、津波がくると聞いて見に行こうとしたことがあります。何も知らない子どもの頃の話ですが、それから何年も後に津波の怖さを目にして震えました。知らないってそういうことですね。

知識がない故の、ということももちろんありますが、怖さを知っていてもそれを近くで見たい、という人間の本性もあります。災害時の映像などでもギリギリまで平然と様子を見ている人たちが映っています。「それはまずいよ」という以前に、そういう(ことをする)のが人間だ、と思った方がいいと思います。これはとても重要で、逆にこの本性を活用して防災に対する興味を引き出すことができる場合もあります。


Dr.ナダレンジャー、ありがとうございます。人間の「見たい欲求」「好奇心」の裏表の部分かもしれないですね。これはそれこそ大変興味深いです。次回も引き続きお願いします。

取材協力:防災科学技術研究所

(防災士・アール)

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