線状降水帯や台風に伴う大雨によって、大きな災害がたびたび報じられています。2016年以降は特に毎年のように河川の氾濫や洪水によって、尊い人命が失われたり、家財や土地にも甚大な被害をもたらす事態が多くなっているように感じていらっしゃる方も少なくないのではないでしょうか。日本には多くの川があり、その周辺にたくさんの人の生活があります。今後の防災には「川」を知らずしては成り立たないのでは、と考え、2020年の防災特集では、水文学をはじめ防災工学・土木工学・気象学などに精通されている中央大学理工学部教授・山田 正(やまだ ただし)先生にお話を伺います。
山田 正 教授
中央大学理工学部教授。東京工業大学、防衛大学校、北海道大学で教鞭をとり、91年より現職。主な著作に『水文・水資源ハンドブック』(分担執筆・朝倉書店)、『豪雨・洪水災害の減災に向けて』(共著・技報堂出版)などがある。2015年関東・東北豪雨災害の際は『土木学会・地盤工学会合同調査団団長』を務め、令和元年台風第19号の際は『土木学会台風第19号災害総合調査団員』を務めた。土木学会論文賞(96年)、土木学会功績賞(2018年)をはじめ受賞多数。元水文・水資源学会会長。
ーー 川の氾濫による災害が増えているように感じますが、同じくらいの雨が降ったとき、大きな川でも氾濫する川とそうでない川がありますが、それはなぜでしょう?
我々、河川工学や水文学の研究者が使う言葉に「川の実力」という言葉があります。一般的にはあまり知られている言葉ではありませんけれど。例えば2日間で250〜400ミリぐらいの雨が川の流域全体に降ったとして、問題なく流れている川もあれば、2日間で250〜300ミリを少し超えた雨が降ると大氾濫を起こす川もあります。昔から大雨が降る土地にある川は、その多くの雨水をきちんと流せるような“それなりの川”になっています。一方、滅多に大雨が降らない土地だと、それほどの大雨でもないのに川が氾濫し大災害が起きてしまうケースもあります。こういうことを「川の実力」という通称で表現するんです。
「2日間で350ミリくらい雨が降った」という事実だけを見ると「たいしたことない」と感じる人もいれば、「大変だ!」と思ってしまう人もいて、土地の条件や「川の実力」も大いに関与していると言えます。
日本では南西部に台風や線状降水帯のような大雨がもたらされることが多く、今年の7月に大きな災害になった筑豊川・球磨川界隈では日雨量が300〜400ミリになることは頻繁にあります。
一方、北海道の石狩川では300ミリ程度の雨で石狩平野全部が水没してしまいます。過去の歴史において、関東より北に行けば行くほど「大雨」は経験が少ないので、先ほどの通称でいうと「それなりの川の実力」にしかなってないということになります。世間一般で使われている言葉としては「通水能力」と言いますが、川は「一本の川(流れ)」ではなく支川(しせん)がいくつもありますので、それら全部を含めて通水能力が高い川、そうでない川があるのが現実です。
ーー 雨量と川の実力に対して、相対的に判断する必要があるのですね。ここ最近は川の決壊が多く発生しているように思いますが?
そうですね。西日本に関していえば、もともと雨が多く降ってきたけれど、近年は特に記録を更新するほどの大雨が降っています。関東より東では、西日本と比較すると相対的な雨量が少なかったとしても、“その地域にしてみれば” 記録破りの雨が降ったりしています。2016年8月31日、台風10号の発生で岩手県岩泉町の小本川が氾濫し、流域にあった高齢者施設の入居者が亡くなるという痛ましい災害がありました。このとき、台風は太平洋側から来ていますが、岩手県で太平洋側から台風が襲来したのは明治以降では初めてのことです。
その同じ年、北海道ではわずか1週間のうちに台風が3つも上陸して大洪水が発生しました。これは1951年の観測開始以来、初めてのことです。さらに4つ目の台風は上陸こそしなかったものの、東北を通過した余波で大雨を降らせ記録的多雨となりました。このように近年では「今まで経験したことのないような」記録破りの台風が発生しています。
ーー 近年の傾向をみると、よく言われる温暖化の影響なのでしょうか?
そうとは一概には言えない要素もたくさんあります。コンピュータを使って1000年、1万年という単位で計算していくのですが、誤解を恐れずにいうと計算上では、温暖化しなかったとしても異常気象と呼ばれる現象が発生する可能性はあります。
ただ、今日の目から見て学術に耐えうるだけのしっかりとしたエビデンスになり得るデータとなると、せいぜい戦後70年くらいの期間分しか存在していないんですが…。
長い歴史をみると異常気象の出現の可能性はあるけれど、例えば雨量にしても、100年に1度あるかないかの珍しい現象が3回4回と回数が増えている。地球温暖化が異常度合いの底上げや、発生件数を増長させている可能性が捨てきれないということは、気象の専門家からも意見としてあがっています。
ーー ここ数年の状況を思うと、今後の雨の降り方が気になるところです。未来の防災は、今の基準から考え直す必要があるのでしょうか?
私や、私の周りの研究グループでは、スーパーコンピュータを使って「あるとき」から500年〜1000年先くらいまでの将来の雨の降り方を計算しています。この「あるとき」を専門用語で初期条件と呼びますが、これを例えば今日から1000年後、あるいは1週間前の気候から1000年後というふうに、少しだけ条件を変えて何千ケースも計算してみるんです。
そうすると今後の100年間でどのようなことが起きる可能性があるかというシミュレーションができるようになってきました。もちろんそこには過去のデータを使い、さまざまなパラメータでチューニングし「過去を統計上よく再現できるモデルである」ことを確認した上で、未来を計算するんです。
また、過去のデータを見るだけではなく、今後は治水計画にも未来の計算を考慮に入れるべきです。これだけサイエンスが進歩している時代には、過去の情報だけでは十分とは言えないですね。さらに、川そのものの特性や水面形の解析、水理実験など、現在あるものをどのように有効活用するかを考えていく必要もあります。もっと言えば河川計画の抜本的な改革の必要性も含め、未来に向けてさまざまな提案をしています。
山田先生、ありがとうございました。川の実力、という言葉はとてもわかりやすく表現された言葉だと思いました。次回は「治水」のこと、私たちにできることはなにか、についてお聞きします。
取材協力:山田 正教授(中央大学 理工学部 都市環境学科)
河川・水文研究室(山田研究室)
<参考文献>
清水啓太,山田朋人,山田 正:確率限界法検定に基づく確率分布モデルの信頼区間を導入した新しい水文頻度解析手法,土木学会論文集 B1(水工学) Vol.74, No.4, I_331-I_336, 2018
清水啓太、山田正,、山田朋人:ベイズ手法に基づく大量アンサンブル気候予測データを用いた極値降雨量の信頼区間・予測区間の将来変化推定,中央大学理工学研究所論文集第25号, pp.41-56, 2020
(防災士・アール)