「やってるつもり」の防災対策、それって本当に一番重要なこと? まずは命!モノはその次。当たり前のように思えても、実はこの「命を守ること・ケガをしないこと」に対する対策が、意外とできていないもの。大事なのはモノを揃えることではないんです。前回に続いて公益財団法人 市民防災研究所の理事・池上三喜子(いけがみ みきこ)さんにお話を伺います。
池上三喜子さん(写真提供:公益財団法人 市民防災研究所)
■頭に入っている情報があなたを救う
火事が出た時にどうするか? 例えば扉が開かなくなったら? 逃げ場がない・逃げ道が塞がれてしまったら…例えば、2階・3階だったら布団を全部落としてその上に飛び降りる、骨折はするかもしれないけど、命は助かる可能性が高いのでは?などと話しあったり。もちろん、高さ・環境などのさまざまな条件がありますから、この策が全てのケースに当てはまるということではありませんが、大切なのは、どうやったら「命を守れるか」ということを必死になって考えるということです。
この作戦も含め情報が頭の中に入っていると、いざという時にいろんなことを思い出して何らかの対策ができるものなんですよ。赤ちゃんやお子さんがいらっしゃるご家庭だと、とにかく先に子どもたちを脱出させないといけません。赤ちゃんを布団や丈夫な布などで包んでロープでしっかり結んで下におろして…実際にこの方法で助かった例もあります。
救急隊員など専門職の方だったら非常時にも慣れているけれど、誰もがプロではありませんし、パニックになっていると知恵もわかない可能性があります。助けに来てくれた人が「お子さんを窓の外へ!」と怒鳴ってくれたとして、どうすれば子どもを安全に外の救助の人に渡せるか?と急いで考えなくてはならない緊急時に「布団で包む」という僅かな記憶がヒントになって、急場を乗り越えられたんです。
例えば老夫婦のご家庭で二人とも元気だといいけれど、どちらかが日常生活が困難な場合や、一人暮らしだと緊急時にどう対応するか? 「緊急」ということさえ他の人に伝わらなくて、誰も助けにこないなんてこともよくあると思います。
私の友人はご主人を亡くされて一人暮らしをしています。その友人は入浴の前後、娘さんに連絡をすると決めているそうです。無事にお風呂から出たら2コール鳴らして切る。毎回話していると時間もかかるし、お互いの負担が増えるからこういうルールにしたそうですが、これも知恵ですよね。
■「命」を守るためにやるべきこと
「うちはしっかり対策できています。食料はあるし、備えもできています」と胸を張る方がいらっしゃいます。そういう方のお宅に伺うと冷蔵庫の中にものすごい量の食物があり、これって1ヶ月分くらいあるよね?というケースが多いです。
思い出していただきたいのですが、こういう(食料などの)備えは「生き残ったあとに必要な備え」だということ。前回もお話しましたが、まずは何をおいても第一に「命を守る」ためにやるべきことを忘れないでください。
例えば家を建てるときには地盤が大事。強く丈夫な地盤を選んで、建物も安普請ではなく耐火耐風耐震に強い家を建てて…。でもね、これを全部きっちりやろうとすると、お金がすごくかかるんですよ。限度があります。予算もあります。完璧な家なんてそうそう容易く持てるものではないですよね。
また、「防災対策」と聞くと、一つの情報を頼りに画一的なことをやりたがりますよね。そして「うちは天井の素材が柔らかいから突っ張り棒が使えない!」と悲観したり、何かやらなきゃ!と焦るだけで結局何もしなくて過ごしている人が多いのも現実です。
悲観しなくても良いですし、方法は一つきりじゃありません。いろんな条件があるから、住まい方が大事になってくるんです。前回お話しました家具類の転倒防止や移動防止、ガラスの飛散防止、家具の配置も…『東京くらし防災』にも少し書いてありますが、配置を変えるだけでも危険回避ができることもありますし、危険の度合いが随分違います。例えば倒れても心配なさそうな背の低い家具だったら、いちいち全部固定しなくても大丈夫!まずはできることをやりましょう。
■社会的に弱い立場の人の視点、女性の視点も防災に必要
2010年に各家庭で「住宅用火災警報器」の設置が義務付けられて今年が10年目。10年目とは器具の取り替え時期にあたりますが、それをどうやって広報しようかって、ちょうど今、東京消防庁の方とお話しているところです。高齢者のお宅に住宅用火災警報器を配布し、後日ちゃんと取り替えているか確認に行くと、そのまま置いてある家もあるそうです。器具の設置も家具の固定もご高齢だと自分ひとりではできないという方がたくさんいらっしゃいます。住宅用火災警報器の設置や10年後の交換を誰がお世話するのか、また、火災が発生して住宅用火災警報器が作動しても、一人では身動き出来ない寝たきりの人を誰が助けに行くのかなど…課題はまだまだたくさんあります。
例えば「振り込め詐欺」にしても、情報や注意喚起はたくさん耳に入って来ますが、それでも騙される人がいますよね。情報がその人に入っていないのか、理解できていないのか…手を変え品を変えて攻撃してきます。最近では「リサイクルで不要なものを買い取りますよ」ってニコニコしながらやって来て、最終的には古銭や貴金属を出せと脅される被害が結構あるようです。
一人暮らしのご家庭を狙ってやってきて、最初はすごく親切なんです。「おばあちゃん、お宅に要らないモノがたくさんあるでしょう? 運ぶのも大変でしょうから、こうして訪ねてきているんです。査定して運んであげますから、ちょっと中に入れてください」とかなんとか言うらしいですよ。家に上がり込んだら中を物色してあれはどうか?これはどうか? そのうち、貴金属を出せ、古銭を出せと凄んでくる。金やプラチナが高く売れるから、それが目的なんですよ。最初は親切だったのに、だんだん本性を剥き出しにして、例えばおばあちゃん一人暮らしだったらそれこそ恐怖ですよ。
防災って自然災害だけじゃないんです。詐欺も含めて、どうしてこんなに悪い人が多いんだろう?と思うと悲しくなります。被災地に入る泥棒も、避難所で起きているDVも。被害を訴える場所がない、言える人がいない、恥ずかしいなどの理由であまり世間に知られていませんが、これを防ぐことも大事、だから「女性視点の防災」が必要なんです。DVだけではありません。乳幼児や障害児を抱えたお母さんやご家族のこともしっかり考えていかないと、いつどんな状態のときに何が起きるかわからないですからね。
恐ろしい詐欺や被害が後を絶たないんですね。避難所でそんな事件が起こっていたなんてびっくりしましたし、とても悲しいことだと思います。ほんの少し配慮があればもっと安心して過ごすことができるのに、と感じる実例を私も取材で聞いたことがあります。
ちょっとした知識がパニック時に役立つ。日頃から意識に入れておくことはとても大事ですね。ケガをして血を流している人を素手で触らない…これは「応急手当」の講習で学びましたが、感染予防にとても必要なこと。知らないとやってしまいがちな間違いですが、せっかくの善意が他の違う危険に転嫁してしまう可能性がある例のひとつです。池上先生、ありがとうございました。次回は、今広がりつつある「タイムライン」についてお聞きします。
取材協力:公益財団法人 市民防災研究所
(防災士:アール)