「はやぶさ」帰還で発生する音と津波や土砂崩れで発生する音、どちらも私たち人間には聞こえない「インフラサウンド」(一部、聞こえる重低音となることもある)ですが、この音を観測することによっていろいろなことがわかるなんて、とても興味深いお話を伺ってきました。この音にものすごく「聞き耳」をたてたら、もっといろいろなことがわかる日がやってくるかもしれません。防災特集第3回では、高知工科大学 山本真行教授に「防災の未来」についてお話を伺います。
山本真行教授(写真提供:高知工科大学)
大阪府堺市出身。東北大学 大学院理学研究科 地球物理学専攻博士後期課程卒、博士(理学)。2003年、高知工科大学に着任、2013年8月より現職(システム工学群・教授)。国立極地研究所 客員教授を併任。学生教育の傍ら、「宇宙花火」ロケット実験、民間ロケット実験(MOMOシリーズ)、「はやぶさ」「はやぶさ2」帰還観測など、JAXA、NASAや国内外の大学。民間企業等と共同し、地球物理学分野での基礎研究や機器開発、それらを用いた防災応用に取り組む他、高大連携理科教育への支援や小中高生・市民への科学的知見の普及活動にも携わる。小惑星MASAYUKIYAMAMOTO(58184)は、高知県の著名天文家・関勉先生による命名。
―― 防災の未来について、山本先生はどのようにお考えでしょうか
「防災」というと定義が難しい面がありますが、いわゆる「防災」の本来の意味で言うと、土木工学や気象学などの分野でも同じく一般の人にきちんと伝わらないと意味がないと思っています。私たちも地球物理学の知見を広く一般に伝わるよう工夫しないと、と思っています。
インフラサウンドは人に聞こえない音を聞いている研究なので、今の段階では「こうです」と言い切るのがまだ難しいです。インフラサウンドが新しいツールとして活用されていく未来像としては、観測点をもっと増やすことができれば、検証の精度もあがって詳しいことが言えるかもしれません。
また、インフラサウンドだけで防災ができるということではなく、現在、色々な技術がある中にインフラサウンドという新しい技術を追加することによって、今の防災をより良くしていくことに貢献できれば、と思っています。
IoT(モノのインターネット)で繋がる世界がどんどん身近になっていますので、皆さんの自宅やスマートフォン、あるいは全国の学校、コンビニエンスストア、駅などにインフラサウンドも検知できるセンサーが大量に設置できると、さまざまなセンサーのデータを全部活用することで、防災の進化のスピードが飛躍的に早くなる可能性もあると思います。
――津波や地震も含め、多くの場合「地球で当たり前に起こる現象」と考えると私たちが地球のことをもっとよく知っていくことが重要な気がしますね
そうですね。地球の声を聞き続けることによって、身近で何かが起こる可能性を知ることができれば防災に繋がる。河川かもしれないし、地面・海、あるいは空から降ってくる何か、かもしれません。それを検知できるかもしれないのが「地球の声(インフラサウンド)を聞くこと」です。
災害が発生しないことが一番ではありますが、残念ながら自然発生している現象を止めることは今のところは不可能です。ただ、先ほどお話したように新しい技術が加わることで防災力がアップするとしたら、このインフラサウンドはすごく使える!と思っています。津波でも土砂災害でも雷でも隕石でも観測データならなんでもこい!と思って研究しています。
――音が伝わることについて物理的なことをお話していただきましたが、それが異音かどうかを判断するのは複雑で難しいですよね
「異音」をどう捉えるかにもよります。例えば普段ではあまりないちょっと驚くほどの大きな音や、急激に変化する音が届いたりすると、まずは「いつもと違う」と捉えます。ただ、私たちは音だけを見てそれを判断しようとしているわけではありません。
↑ 2016年(平成28年)台風16号は、同年9月20日0時過ぎに鹿児島県大隅半島に上陸し、午前11時頃に室戸岬を通過しました。同年8月下旬よりインフラサウンド観測を開始した高知県黒潮町は同日未明に暴風域に入り午前10時頃をピークとして激しい風雨に見舞われました。4つのグラフは、台風通過の前後3日間(9月19日~21日)に同町内4箇所で計測されたインフラサウンド音圧の変化を示します。この時、4箇所のセンサーが同時に捉えた台風のもたらすインフラサウンド音圧の急激な変化は最大約180パスカルで、これは平常時の数十倍の変化に相当します。
例えば、台風について現在ではかなり正確な情報が出ています。○月○日○時頃、室戸岬に台風が上陸する可能性があることが、事前にある程度わかっていますよね。その台風が実際に進路を予測通りに室戸岬を通過しています、となった場合、台風に関する過去1日分くらいのデータをずっと見ることができます。
少しややこしく聞こえるかもしれませんが「確かに今、室戸岬は台風ですごいことになっていそうだな」という情報と、観測中のインフラサウンドの情報を照らし合わせて見ることができます。つまり、ある程度精査されている情報と比較しながら観測することを実施しているのが今の段階です。
これはとても原理的なことですが、地震学とか気象学においても、この地道で原理的な作業の積み重ねを経て、注意報や警報、地震速報を適切に発出することができているのです。
今までにない技術には「前例」がありません。全く新しいものは、今ある他のものと比較しながら考えていくことで、どのように判断すべきか、どう活用させるのが一番よいか、インフラサウンドも防災に活用できるという展望を持ってこの地道な検証を進めています。そしてこの検証には、観測器の数がものを言います。
↑高知県における面的配置は2017年12月に完了。北海道にも3点試験設置し、2018年には三重県や千葉県周辺にも拡充。現在は全国30地点で稼働中。
台風は数百キロに及ぶ現象で人間からみるとスケールがとても大きいですが、土砂災害や崖崩れなどは100mくらいの大きさです。100kmと100m(0.1km)では3桁も違いますので、本来は1000倍密にセンサーが必要ということになります。
日本全国の隅々まで土砂災害をモニターしようと思ったら何万台という台数のセンサーが必要ですが、IoTが当たり前になろうとしている今、インターネットで繋がったセンサーが何万台設置してある未来は十分予測できるし、そういう未来がやってくるのではと思っています。
気になるのは南海トラフだけではありません。日本は全国に土砂崩れの起きやすい環境が多いと言われており、今夏も大規模な土砂災害が発生し多くの方が犠牲になりました。「音」を聞くことで津波や土砂災害の前兆を知ることができたら、あるいは逃げる時間を確保できるようになるかもしれません。インフラサウンドの研究が更に進むことに期待が高まります。
山本先生、ありがとうございました。
取材協力:高知工科大学
(防災士・防災コーディネーター:R)